第6回民主党福島復興会議

fukushima.jpg

夜行バスは新宿駅着。
直広と一川議員の車で福島市へ。

政治家、関係省庁が福島へお邪魔をし要望を伺う復興会議も6回目。
企業支援と賠償、そして除染にかかわる問題。
大くくりの前進と、個別の解決と衝突。集約されつつあるようでありながら、各論対応はやはり大変。もどかしさは感じながらも各人の努力を継続していかなくてはいけません。

終了後、
郡山経由で広野町へ。
車で約2時間。福島県の広さを感じます。
広野町に入れば、金色の景色は実証田を除けば無く、田んぼは微妙な荒れ具合。というよりは、田んぼだったのかどうかは草刈を行ってひざ下ほどの雑草があるところが田んぼだったのかな、という認識。背丈ほどの雑草が生い茂っているところは草刈をしなかった田んぼなのかも。
一年前に能登半島の30名近くの郵便局長さんに広野町に草刈に来ていただきました。
草刈をしていないところと比べると、雑草の根も太くなく、来年の作付け再開が期待されます。

岡田さん宅で鈴木広野町議会議長と意見交換。
居住区の除染は9割は終了。
今後の除染は農地と里山。ただし、大変。
実証田での結果は良くなるのでは。
来年からはお米を作ってもらえるようにしたい。田園風景が帰郷意識を高めさせてもらえる。
5500人のうち、帰還の届け出をされた方は約430名。
水道メーターでは1200名近くが一時的も含めて生活をされている。
いかに戻ってきてもらうかが課題だが、仮設住宅の期間延長や補償の問題が逆に帰還を遅らせている可能性もある。

広野小学校、広野中学校を訪問。
震災以降移転をしていた学校も8月27日に広野町に戻り再開。
関係者の方からお話を伺いました。
子どもは数分の一。でも自分の学校で勉強ができる喜びを感じている。
今日は避難教室(訓練)が行われた。
今までは地震、津波だったが、今回は原発事故を想定。
常日頃の訓練と違い、子どもたちが緊張した顔をしていたのがつらかった。

「忘れて欲しくないけど、思い出してほしくもない。」

先生の言葉に、表現のしようもない痛みと責任感を感じました。
と、その時、外から子供たちの声が。
広野町に通い始めて1年と5か月。初めて聞こえた希望の声。
間違いなく、復興は進んできています。

馬場医院を訪問。
月曜だけの週一の診療だったのが木曜も開始。
こちらも着々と。

夜は町会議員の黒田さん、新妻さん、今晩もお世話になる岡田さん、直広と駅前の居酒屋「前浜」で懇談会。
以前お邪魔した時は「前浜」も私たち以外のお客様はゼロ。今回は何組も。若干ながらでも人の戻りを感じます。ありがたいです。
黒田さんは商工会、新妻さんは専業農家。おいしい料理をいただきながら、農商工連携も含めた広野復興談義に花を咲かせました。

店を出たのは9時半ごろ。
広野駅の看板が電球で照らされている。

「駅の電気がついているって、本当にいいですね。当たり前が戻ったような感じですね。」

「そうだ。これからだ。」

岡田さん宅で二次会を少し。
就寝。

活動報告

前の記事

活動報告

次の記事