国葬は不参加でした。

・法的根拠がない。

・十分な国会の議論も経ず、憲法の国民主権の考えからも外れている。

・佐藤栄作氏、中曽根康弘氏、池田勇人氏などの功績を超えているとは到底思えない。

・現在進行系で統一協会問題で苦しまれている方がおられる中で、結果としてその行為に加担していたことを不問とするにはあまりにも不誠実。

大きくは以上の理由です。

予備費からの活用も含めた不明瞭な費用の件ありますが、これらのことをクリアをし、一定の国民の理解が得られているのならば、正直いくら費用がかかっても問題はないと思います。

故人を悼む気持ちは当然あります。

ただ、その気持ちがあるからといって国葬に賛成か反対かは全く違う話です。

問題は

多くの国民をないがしろにして何が国葬か、

ということです。

後世の日本人はこのことをどう見るか心配てす。

少なくとも来週からの国会でいくつかの事実確認をしながら、二度とこのような残念なことが起きないようにしなければいけません。

私を支持いただいている方も賛成反対で分かれました。

賛成される方からかなり厳しい声もいただきました。反対なのに何故デモなどに参加しないのか、と思われている方もいらっしゃったと思います。

議席を与えていただいている意味と発信、特に対外的に国葬という事実が走っていることの現実や、でも諦めていいのか、これがもし戦争だったら同じように振る舞って、これが加担していることと同じになってしまうのではないか、

いつもの街頭演説では反対の思いを話をしてきましたが、それ以外において私自身も意思表示のあり方に悩みました。

皮肉なことに安倍元総理の分断的政治手法のゴールがこの国葬における国民の分断でした。

岸田総理はもちろん、私も含め国政に携わるものはこの分断の傷を癒やすことが求められます。もちろん、事実確認は必要ですが。

国葬という事実は残ったのは悔しいですし残念ですが、一つの区切りです。今回を機に分断的政治からの脱却も目指したいと思います。

和を以て貴しとなす